2005年05月22日
天道至教(「言志四録」より)

以前から言志四録を月に20条のペースで読み進めているのですが、今回特に印象に残ったのがこちらです。
言志録 第171条吾れ俯仰して之を観察すれば、
日月は昭然として明を掲げ、
星辰は燦然として文を列し、
春風は和燠にして化を宣べ、
雨露は膏沢して物に洽く、
霜雪は気凛然として粛に、
雷霆は威嚇然として震い、
山岳は安静にして遷らず、
河海は弘量にして能く納れ、
谿壑は深くして測る可からず。
原野は広くして隠す所無く、
而も元気は生生して息まず。
其の間に斡旋す。
凡そ此れ皆天地の一大政事にして、
謂わゆる天道の至教なり。
風雨霜露も教に非ざる無き者、
人君最も宜しく此れを体すべし。
(佐藤一斎 著/川上正光 全訳注 講談社学術文庫より抜粋)
星、風雨、雷、山河など自然に対する表現がとても豊かで、眼前に風景がよみがえるようです。
これら全てが天地の至大な教えであるとする佐藤一斎の大局観、まだまだ遠いです…
訳文より原文のほうが趣があると思うので、訳文は載せませんが、フリガナは付けておきます。
吾(わ)れ俯仰(ふぎょう)して之(これ)を観察すれば、
日月(じつげつ)は昭然(しょうぜん)として明(めい)を掲げ、
星辰(せいしん)は燦然(さんぜん)として文(ぶん)を列し、
春風(しゅんぷう)は和燠(わいく)にして化(か)を宣(の)べ、
雨露(うろ)は膏沢(こうたく)して物に洽(あまね)く、
霜雪(そうせつ)は気(き)凛然(りんぜん)として粛(しゅく)に、
雷霆(らいてい)は威嚇然(いかくぜん)として震(ふる)い、
山岳は安静にして遷(うつ)らず、
河海(かかい)は弘量(こうりょう)にして能(よ)く納(い)れ、
谿壑(けいかく)は深くして測る可(べ)からず。
原野は広くして隠す所無く、
而(しか)も元気は生生して息(や)まず。
其の間に斡旋す。
凡(およ)そ此れ皆天地の一大政事(いちだいせいじ)にして、
謂わゆる天道(てんどう)の至教(しきょう)なり。
風雨霜露(ふううそうろ)も教(おしえ)に非(あら)ざる無き者、
人君(じんくん)最も宜しく此れを体(たい)すべし。
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